架空生命ストリキニン

小説、大衆音楽、芸術

結局リーガルリリーのどこがいいのか

 

 

 

みなさんロックは好きですか。

みょんの曲に『君はロックを聴かない』とありますが、みんなロックを聞かないことこの上ない。どうして? たぶん先天的な性質によるものです。私がロックを聞くのは音楽を芸術として見ているからです。みなさんはどうですか?

 

今から多田李衣菜みたいにロックロックと連呼するんですけど、許してください。こいつはいわタイプなんだなとでも思ってくれたら。

ロックにはいくつかの定義がありますが、私はそれらの共通部分としてロックを俯瞰しております。ロックはそもそもどこかの国の労働者階級の反骨心が音楽という形式になって立ち現れたものです。なので、反骨心があったり、何らかの主張が含まれていることが必要条件。これは十分条件ではないですね。ヒップホップとか入っちゃいますから。

次いで、ビートルズストーンズの血を継いでいる音楽形式。これが第二の必要条件。裏を返せば、どちらかが成立していない限り本当はロックと呼べないわけです。

しかし最近は後者の条件だけを満たしたものがロックと呼ばれがちです。大多数の人は音しか聞いてないんです。ちょっと前に気づいたことなんですが、歌詞ってふつうの人は読まないんですね……。てっきり全員が読んでいるものだと思っていたので。どうりで噛み合わないわけだ。

 

後者の条件が、ロックかFAKEかの判別条件になっています。いくつか例をあげてみようかな。ボカロとかね。高校時代から烏屋茶房をずっと聞いていますが、彼の音楽には主張がこもっているのでいいです。気になる人は調べてみてください。『文学少女インセイン』とか『ダンスダンスデカダンス』とか聞いてみてね。

主張がない音楽、あるいは主張がしょうもない音楽は、形態がどれだけロックであったとしてもそれはロックじゃないです。断定口調で書いたのは、ロックの定義についてたくさん調べた結果です。これに関しては、逆張らずに認めた方がよい。それでよく勘違いされがちだけど、私が好きな音楽はロック風ではなくロックです。たまさかこの文章を読んでいる人はそう認識してくださいね。

で、もう一度自問自答して欲しいんですが、ロックが好きですか? それとも、ロック風が好きですか?

 

推しバンドはロックなバンドです。ロック風じゃないです。例えばマカロニえんぴつはロックじゃねえサウンドをよく作りますけど、言ってることがなんだかこうロックなんですよねえ。

クリープハイプとか好例じゃないです? 『ハチミツと風呂場』とか『ラブホテル』とかで勘違いされがちですが、彼らはひたすら愛について歌います。で、詞がロックなんですよねぇ。ボーカルの尾崎世界観は小説を描き始めて、芥川賞の候補にまでなりましたが、やっぱりな、という気持ちです。クリープハイプの音楽は文学だから。自分の抱いた感情と世間の姿勢とが一致していることになんとなく嬉しさがあります。

では今日はリーガルリリーの話をします。リーガルリリーは何かというと、私の推しバンドですね。めっちゃ好きなSSを描いてる人がいるんですが、その人が新譜の発売日0時にリーガルリリーを聞いててとても嬉しくなりました。「正解した!」みたいな。

リッケンバッカー』を聞いたことのない人は多くないと思うので飛ばすんですが、そこから先の話。

 

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この曲で完全に沼に落ちた。ロック風が好きな人にはいまいち通じないと思うんだけど、ペキペキしたある意味チープなサウンドからこの展開と文学的な歌詞。

 

明日を

みうしなわないでいるよ。

 

きみの体温と吐く息を

全部忘れても

 

プラットホーム

ああ 揺れ行くサイレン 

 

ぼくは、とべない

飛べない。

 

わかりますかこの繊細と大胆の掛け算の美学が。いい歌詞ってこういうことなんですよ。「きみの体温と吐く息を全部忘れても明日を見失わないでいる。ぼくは飛べない」ですぜ。考えれば考えるほどなんと儚くて悲しい方向への勾配であることか。こんなに悲しいリリックがベッキベキのロックサウンドに乗ってやってきて、台風みたいに疾走して、言いようのない虚脱感と未来へのちっぽけな光を残していく。これができるからすごいんですリーガルリリーは。

 

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『ジョニーは戦争に行った』って映画があるんですが、たぶんこれにインスピレーションを受けています。

 

ころしたよ、ころしたよ

空と街の交差した空中から

1つ1つ1つと降ってさあ僕らは

僕らは帰ろうか 

 

戦争に行って人を殺さざるを得なくなった芸術家のお話ですが、個人的にポイントなのは決して反戦の歌ではないことです。真っ白な空間に事実がぽつんと落ちているだけ、「殺したよ、さあ帰ろうか」、戦争の無惨さを伝えるのでもなく事実だけをニュースキャスターのようにポップな歌に乗せて歌い切ります。私は反戦の歌があまり好きではないのですが、こういう姿勢はなんだか"正しい"ような気がするんですよね。

ロック斯くあるべし。戦争ダメ絶対なんて小学生でも書ける歌詞だしな。

 

 

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家のシケモクをとっておいてもね

君に会えることはないのね 

 シケモクはタバコのやっすいやつって認識で大丈夫です。

 

待ち合わせは人目を気にして

別れ際に落とし物をして

落とし物をして会う口実を作るメソッド。

 

酒気帯びで地球をベッドにしたい。

笑っていたい、君に会いたいなリリー。

これでサビの1フレーズです。いや歌詞。わかる人もわからない人もいると思うんですが、これすごい歌詞だと思うんです。センスと感性が爆発している。

酒気帯びで地球をベッドにしたい」

たぶん別れた恋人(or人)についての歌なんですが、失ってしまったものに一生囚われつつ、お酒を飲んで笑っていたいなと願うあの投げやりな浮遊感を「酒気帯びで地球をベッドにしたい」で表現するの天才の領域ですよ。「お酒を飲んだらなんだか楽しいような、それでも苦しいな、会いたいな」を「酒気帯び〜以下略」に変換できる人いますか? とんでもねえ感性と言語化能力だと思うのです。

「シケモクをとっておいても君は来ない」からの「君に会いたいなリリー」。その切なさが曲の最後に溢れてしまって、「リリー、リリー、リリー、」と何かに縋るように歌い続けるのです。シケモクをとっておいても会えることはないのにね。文学だなぁ。

 

 

 

ということで以上です。芸術を鑑賞するためには素養が必要なのである程度は仕方ないと思いますが、"音"でなく"音楽"を楽しみたいなら是非とも歌詞に意識を向けてみてください。まあでも、リーガルリリーを良いと思えるだけの感性とか素養とか、ないものは仕方ないと思います。でもその代わり、自分がいいと思ったものを言語化することはどうか忘れないでください。あと、みんなも推しバンドの話をしてね。